2013年5月10日金曜日

51時間電車の旅1

3月にウズベキスタン日本語弁論大会が行われた。

日系企業が少ないウズベキスタンでは
スポンサーをつけることは難しく
費用はほとんど国際交流基金からの助成金に頼っている。
だから「入賞者には豪華賞品が!」
みたいなわけにはいかないが
6位までの入賞者にはちょっとしたごほうびがある。
中央アジア弁論大会への参加だ。

中央アジア弁論大会は、ウズベキスタン、カザフスタン、
キルギスの3カ国の持ち回りで行われていて
今年はカザフスタンのアルマティで開催された。
ウズベキスタン大会で入賞した6人の大学生は
ウズベキスタン日本語教師会の経費で
アルマティへ行くことができる。
多くのウズベク人は、普段、旅行なんてしないから
これが人生初の海外(実際には海は越えないけど)
という学生も多い。

私は幸運にも引率としてアルマティへ同行することになった。
しかしウズベキスタン日本語教師会は
慢性的な財政難なので、
6人の学生にたっぷり交通費を出すことができない。
私は、実は教師会の会計も務めちゃったりしているので
アルマティまでいくらで行けるのか調べた。
飛行機はダメだ。1人300ドル以上かかる。
国境までタクシー、越境後にバスという手もある。
これはかなり安いが、越境に時間がかかるし
バスは予約できないから当日見つけなければならないし
運が悪ければバスで席がないまま一晩中乗ることもあると言われた。
そんな運任せな旅では困る。

そこで私たちが選んだのが電車である。

行きはタシケントからロシアのノヴォシビルスクまで
帰りはアルマティからウズベキスタンのヌクスまで走る
長距離電車を利用することになった。
タシケントからアルマティまで27時間、帰り24時間
往復51時間の電車の旅である。

丸1日以上かかるので、集合は大会2日前の5月2日13:30。
男子学生4人、女子学生2人、
応援の日本人留学生ちかちゃん、引率2人の
9人でアルマティをめざす。
車内の食糧事情がわからなかったので
ノン(ウズベキスタンの大きなパン)や水などを買って乗り込んだ。
14:34、定刻通り出発。

電車の座席には何種類かあるようなのだが
私たちは、買えるなかで一番安い寝台席に陣取った。
ちなみに行きは21万6709スム(約78ドル)、
帰りは12万6579スム(約46ドル)である。

私たちは二段ベッドが向かい合わせになった
コンパートメント2つとベッドをもう1つという陣容。
しかし「コンパートメント」といっても
通路との間には壁もカーテンもなく
反対側の窓際にも二段ベッドがある。
なんというか、非常に一体感のあるつくりである。
みんな私たちをジロジロ見るし、よく話しかけてくる。



乗ってすぐにパスポート回収。
そして税関申告書へ記入。
ウズーカザフ国境はタシケントから近いので
すぐに国境前の駅に到着し、出国審査が始まった。

審査官と麻薬犬が荷物をチェックしにきたり
申告書の書き方が違うと書き直させられたり
ダラダラと時間が過ぎていく。


しかし、暑い。


アルマティは寒いと聞いて、防寒ばかり考えていたが
タシケントはもう初夏の陽気なので暑いのである。
しかも窓は開かないし
(開く窓もあるが、私のところの窓は開かない窓だった)
旅行でテンションMaxの若者が6人も座ってるし
(4人用のスペースなのに)
出国審査で2時間、ちょっと走って、カザフの入国審査で2時間、
電車が動かないから、ひたすら暑いのである。

「あー、ビール買ってくればよかった」
「買ってきてもぬるくなっちゃうからね。冷たいの飲みたい」
「新幹線のさ、車内販売が来たらいいのにね」

そんなことを話していて、
そろそろ電車が発車しようかというとき
カザフ人のおばさんたちが乗り込んできた。

「コーラ! ウォッカ! ビール!」
「コーラ! ウォッカ! ビール!」

ビール!?
急いでおばさんを止めて、冷えているか確認する。
すごい! ちゃんと冷えている!
ウズベキスタンではビールが冷えていないこともあるので
なおさらうれしい。1本5000スム(約1.8ドル)。
もちろん買い求めた。
無事カザフスタンに入国したことを乾杯しよう!
みんな、すごくいい笑顔だ。

思えばここまで長かった。

電車のチケットを買うために3時間半たらい回しの刑にあったり
学生のパスポートが出発前日まで発行されなかったり。
毎日、大小さまざまな問題があった。
しかし、こうして6人全員を連れて国境を越えることができた……。

と、しみじみビールを飲もうとしたら、警察がやってきた。

「ここで酒を飲むのは禁止だ。飲むなら食堂車へ行きなさい」

うぐぐ。おばさんがあんな絶妙なタイミングで売りに来たのに
その場で飲めないとは、何たる孔明の罠。
これから乗る人は気をつけてください。


しかし、まあ、ウズベキスタンの学生は
そもそも頻繁にお酒を飲まないので
ビールがなくてもおしゃべりは弾む。
だんだん周りの席のおじさんたちも輪に加わって
大勢でおしゃべりして、さらに歌や踊りまで飛び出した。
ウズベク人のこういう陽気なところは本当にステキだ。

「オレたちはしょっちゅうウラジオストックとタシケントを往復してるんだ。
 いまからいっしょにウラジオストックへ行こう。
 あそこからなら、すぐに日本に帰れるぞ」

いえ、私たちはアルマティの弁論大会に行くのです。

「そうかそうか。がんばれよ!」

そして、学生たちは、ゆでたまごを買ったのに塩がないと言えば
どこからともなく借りてきて
コルバサ(サラミ?30センチくらいある)を切るナイフがないと言えば
どこからともなく借りてくる。
「おしょうゆ切れちゃったから、お隣さんから借りてきて」みたいな
3丁目の夕日のような世界である。

アルマティに着いたのは、予定を15分過ぎた5月3日17:25。

車内でご近所だったおじさんたちが
わざわざ電車を降りてお見送りしてくれた。
彼らが学生たちと、ウズベク式に1人ずつ握手するのを見て
「ああ、ウズベク人だなあ」と思った。

着いてみれば、27時間は、案外短かった。
そしてこの時間があったからこそ
ウズベキスタンの学生たちの間にチームワークが生まれたと思う。

さあ、明日は中央アジア弁論大会です。

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